俺はそんなもん信じない

今日から後期が始まります。そんな形式ばったことどうでも良いです。
ほんで、まあ、僕の学校ではこの時期にミサやって講演会やるというのが恒例です。
タイミング良すぎです。リチャード・ドーキンスの「神は妄想である」や「悪魔に仕える牧師」を読んだ後にミサってww
まあ、せっかくの機会なんで「神は妄想である」の感想でも一言
この世の中、日本では無宗教者であろうが無神論者であろうが何も言われませんが、外国で無神論者って言うのは言うことがはばかられる存在だそうです。しかも、進化論を教えずに創造説だけ教えろと考えている奴らもいるようです。まず、ここだけで日本がいかに平和な国かが分かりますね。で、本題。この本では「神がいるっぽいのかorいないっぽいのか」という議論で進めます。まあ、もちろんいないっぽいという前提なのですが、、、
そこで、必ず起きる議論。それは「宗教と科学は守備範囲が全く異なるため、議論する意味がない」。確かに僕の理科の先生もそういってましたね。学校の教育方針に配慮してるのかどうか知りませんけど。でも、ドーキンス先生はあえてそういうところに言及するわけです。本気で宗教を嫌っているわけですから。歴史を振り返って宗教と科学が対立してる場面っていくらでもあるんです。天動説と地動説、進化論、そして今日のクロンーン技術、臓器移植、人工授精などなど。これは科学の守備領域に宗教が土足で入ってきているようなものなのでは?この時点で守備範囲どうたらの議論は無意味です。実際に血が流れているわけです(地動説唱えた人殺されました。体外受精を進めている病院は襲撃に遭いました)。また、ドーキンス先生は、もし、この世から宗教が無くなったら?という問題を投げかけてきます。十字軍によるイスラム教徒の虐殺、魔女狩り、中世の宗教裁判、ユダヤ人に対する差別、アイルランド紛争、中東戦争、アフリカでの宗教戦争、、、挙げるとキリがない。これら全てがなくなるんですよ。
そして一番宗教を嫌う理由。実は、これは僕が昔から持ってた意見と同じなのですが、「宗教のせいで人類の科学力はどれだけ停滞しているか」。至極もっともな意見です。僕は科学を信じ、科学者になる予定の者としてそういうことが許せないんです。もし、この世の科学が100年進んでいれば、もっと多くの命を救えたかもしれないんです。
だからこそ、僕は科学者になり、この世の真相を追求し、人類の進化に尽くしたいのです。
とある科学の学園都市でも作ってねww

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